神様になった日12話が面白かった感想と作品の総括

ストーリーを締めくくるのにふさわしい最終回で感動した。よく考えると深夜アニメで心が動かされること・・・つまり感動する事ってそんなに無い。「神様になった日」は感動と泣きをウリするアニメだったのでその狙い通り俺は泣いてしまったわけだ。突っ込み所だらけで笑いすぎて涙が出てくる形での笑い泣きだが。

 

9~11話までの展開で主人公の目的として「謎の施設に入院している神様を自分の家に引き取る事」だった。主人公はハッカー少年のハッキング行為とカードキーの偽造で施設の関係者として謎の施設に潜り込む。女介護士はパソコンでデータを確認し主人公に「あなたは神様を引き取る権利がある。しかし神様が行きたいと思うのか?」と言っていたが、データは偽造されていたので神様の意思がどうであろうが主人公に神様を引き取る権利はない。主人公は違法行為をして謎の施設に潜入するわ、権利がないのに引き取りたいと言うわで無茶苦茶でどうするの?その答えが12話にある。

 

介護士は主人公がやっている事と日報の内容が食い違っている事に気づくわけだが、これは女介護士じゃなくて管理職の役目だと思う。脚本家は登場人物をこれ以上増やしたくないのか女介護士を「施設内で権限を持っている人物」として配置しているのだろう。女介護士が偽の職員である主人公を施設から追い出そうとするわけだが「警察に通報しないだけでも有難いと思いなさい」と信じられない事を言い出した。いや通報するべきだろう・・・施設内のデータを改ざんされた上に偽物が入って来たのだから、管理者の責任問題である。意味が分からないよ・・・主人公は施設内でギャーギャー騒いで抵抗するので警備員が主人公を殴って黙らせた。警備員って不審者を殴ってもいいのか?あくまでも柔道技で押さえつけるんじゃないのか?殴ったらダメなんじゃないのか?不自然な暴力シーンがコントにしか見えない。

 

警備員は車で主人公をどこまで運ぼうとしたのだろうか。家までだろうか。タクシーのようにそこまで親切にする必要性ってあるのか?全部警察に任せた方が手っ取り早いのではないだろうか。女介護士は自分の不始末を隠蔽しようとしてるのか?でも主人公がギャーギャー騒いでいるのは施設内で響いているわけだから他の職員もその場に居合わせているわけで、穏便に済ませる事など出来るわけがないのだった。主人公が警備員に連行されて車に乗せられようとしているのを女介護士が神様を抱きかかえて見るわけだが、おかしくないか?神様を連れてくる必要性って1ミリも感じない。そんな中であうあうあーで歩く事もままならない神様が主人公に向かって歩き出し抱きついた事で女介護士は「主人公に神様を引き取る権利がある」と思い込むというご都合展開というか大岡裁きというか視聴者には理解できない奇跡が起こった。前述した通り主人公に神様を引き取る権利は一切ない。主人公の罪状と神様を引き取る権利の2つの問題は「説明しない」事によって端折られ有耶無耶にされた。次のシーンで神様を家に連れて帰ったからである。女介護士はどこまで権限を持ってるんだよ・・・おかしいだろ・・・どう考えても・・・

 

主人公の親兄弟、友達、ラーメン屋、介護士といった周囲の人物があうあうあーになった神様に平然と対応している描写に寒気がした。知り合いがあうあうあーになってまともに喋れない状態になっていたら絶句すると思うんだが。訳が分からないよ・・・そして登場人物たちは神様があうあうあーになってまともに動けない状態なのに映画撮影を再開する。なんでそこまで映画撮影に拘るのかさっぱり意味が分かりません。虐待だろ・・・

 

劇中の描写だと映画撮影に拘る理由が一切ないのだが、作劇上は「登場人物を全員集合させる手段」と「最終回における見せ場」として設定付けられているのは分かる。主人公はあうあうあーになった神様を家に連れて帰りました。終わり。じゃ映像上面白くないからだ。とはいえ無造作に配置された登場人物と関連性がない設定を映画撮影で強引に纏められるとやはり意味が分からない。学生が中心になって撮影している映画にしてはセットが大掛かりであり、その費用は全て女弁護士のキャッシュカードで支払われているという事実が酷すぎる。主人公は女弁護士を財布扱いにしているゲスだと思うし、女弁護士もそこまでして金を工面する理由があるのか?いやない。

 

主人公の大学受験は「イザナミさんが好きで同じ映像関係の大学に行きたい」という理由で行ったものだった。しかし主人公は大学受験で合格したのに「不純な動機だったので辞退する」「神様の祖父の機械工学を学びたい」と言い出し「神様のお爺さんの機械工学を学びたい」と浪人して他の大学を受験するとの事だが初期の展開を全部ぶち壊しにするような展開でこれもまた無茶苦茶だと思った。主人公は女弁護士を財布扱いするほど映画に本気になっているのに、映像関係の大学に入らないのは理屈が通らないのではなかろうか。映画撮影をやっているのに主人公の進路が全く噛み合ってないのは凄い。じゃあ映画撮影にそんなに尺を使うなよ・・・と言いたい。

 

主人公は女介護士に「神様は僕が連れて帰ります!」とタンカを切って女介護士は「施設にいた方が神様は幸せだと思いますよ」的な答え方をした。主人公は浪人してまで機械工学の大学に行こうと思っているという事は、主人公が自宅で勉強するなり予備校に行っている間は家族が神様の介護をする事になる。結局は神様の面倒を見きれないのに「連れて帰る」と言うなよ・・・と思うし女介護士の言うように施設にいた方が幸せなのであった。

 

そんなこんなで映画が完成して登場人物が集まって全員で映画を観る事でこのアニメがまるでいい話であるかのような錯覚を覚える。いい話であるわけがない。神様はロゴス症候群という訳の分からん病気で親から捨てられ、祖父の非人道的な実験で頭をカチ割られコンピューターを埋め込まれて健常者になった。今度は謎の組織に頭をカチ割られコンピューターを抜き取られあうあうあーにされてしまっているからだ。女介護士は主人公に「あなたが話していたのは神様ではなくてコンピューターではないのですか?」と言っていたが、この映画を観ている登場人物たちは「元気で喋っている頃の神様」をあうあうあーになった神様に重ねているわけで、頭をカチ割られコンピューターを抜き取られた素の彼女を誰も見ていないという事になる。悲しい話だ。何と言っていいのか分からない・・・

 

最後までこのアニメを見ても神様の何がどう危険で頭をカチ割られる羽目になったのか理解できないし、ハッカー少年がハッキング行為でやりたい放題やってる方が謎の組織の言う危険ではないだろうか。そもそも謎の組織って何だ?CEOってなんだ?ハッカー少年は謎の手袋でハッキング行為をしていたがこの手袋の高性能っぷりは一体なんだ?設定を作ってはぶん投げて端折っていく展開に俺は結局は付いていけなかった。麻枝先生の作り出す俺の想像を超えた展開に驚き、笑い、一本取られたと思う。これがアニメを見て心を動かされる感動的な体験だ。東海昼ドラで中島御大が脚本を担当している作品に対して、あまりに想像を超えた展開に脳が付いていけず笑うしかないのと同じである。昼ドラは無くなってしまったがアニメでまさかこういう体験ができるとは思わなかった。昼ドラ実況をやっていたあの懐かしい日々を思い出して泣ける。麻枝先生には面白いアニメの脚本を書ける才能があると思うし、是非とも4作目のアニメを作ってもらいたいところだ。

 

4作目あるなら神様になった日のような「アニメで24時間テレビのようなもの」を見せる実験作ではなく、バンドアニメでCDを売りまくる手法の方が絶対にいいと思う。