「ITSUKI 死神と呼ばれた女」の感想

本作は東海テレビのTVドラマ「天国の恋」を元にした週刊文春の連載小説「真・天国の恋」を加筆修正した作品になっている。「天国の恋」は最初から最後まで視聴したが「真・天国の恋」の方は週刊文春で飛ばし飛ばしで読んでいたので何がどう変わっているのかは分からない。

 

まず「天国の恋」の説明から始めたい。00~10年代の東海テレビの昼ドラは大雑把に分けると「3ヵ月で1本の前期作品」と「2ヵ月で1本の後期作品」の時期に分かれる。前期と後期の違いと言えば後期の方は単純に放送時期が1ヵ月減るので端折らないといけない部分が発生し、作品の密度が前期より下がる。

 

中島御大の脚本の昼ドラだと「赤い糸の女」「天国の恋」「新・牡丹と薔薇」が後期作品に当てはまる。「赤い糸の女」は脚本家の方も2ヵ月で収まるように内容を調整していたので2ヵ月になってからの1本目だが完成度が一番高い。中島作品は主人公の親世代の話と主人公の少女時代の話からストーリーが展開されるのが基本だが、「赤い糸の女」の場合は親世代の話と少女世代の話をしないことで1ヵ月分をゴッソリ削ったのでその分ストーリーがシンプルになっていた。

 

ところが「天国の恋」の方は製作スタッフが豪華さを強調したいためか、ストーリーを主人公の現在と過去を行ったりきたりする所から始まり、レギュラーの登場人物を「赤い糸の女」より増やす羽目になっている。2ヵ月で複雑なストーリーと多数の登場人物をさばき切る・・・視聴者の目からしても無理難題だった。主人公の少女時代から話が始められないので回想シーンを増やす事で何とかしようとしているのは分かる。過去と現在を行ったり来たりする作風は「仮面ライダーキバ」でもやっているが、これは1時間枠の海外ドラマがやっているから成立する方法であり日本の30分枠の番組でやるのは単純に尺の問題で相当苦しいと言えた。

 

「天国の恋」のストーリーはある古本屋の女房が、店の官能小説を万引きしようとした非正規労働者の志田と出会うが、斎は志田の下半身を触った興奮に女を感じる事を抑えきれず関係に及ぶ。そして旦那との関係に耐えかねた結果、父が総合病院で院長のため金持ち設定の実家に出戻り、それから父の仕事の関係者である葬儀社に勤める事になる。斎の勤めている葬儀社の息子の潮が斎に好意を持つ事で斎・志田・潮の三角関係が始まり、それに周囲の人間が炊きつけられる事で愛憎劇が始まる・・・というものである。中島御大は熟女と青年の年の差恋愛というテーマからなぜこんなに話を膨らませられるのか。素人には全く想像が及ばないレベルだ。

 

多数の登場人物が入り混じる愛憎劇を描けるのは、NHK大河ドラマを担当した中島御大の筆力を感じさせるが、やはり放送時間が2ヵ月しかないという足枷は大きかった。斎の過去は端折られ、無茶苦茶な形で退場する登場人物がいたり、何の音沙汰もなく退場する登場人物がいた。斎の実家、潮の実家、アラフォー軍団が屯するワインバー、婦長のマンション、瑞彦が父から独立して開いた医院、と登場人物を増やしすぎた結果で場面転換が忙しすぎたのが展開の突飛さを感じさられる。登場人物の中で婦長が無茶苦茶をするのが一番目立ち、Twitterの実況でも婦長が一番人気だった。

 

「ITSUKI 死神と呼ばれた女」は「天国の恋」の内容をなぞりつつも、斎・志田・潮の3人が中心になるようにストーリーが再構成されている。素人目から見ても登場人物が多い「天国の恋」から出来るだけキャラクタを減らさないような形で作っているのは凄みすら感じた。3人以上の会話するシーンで台詞の内容でキャラ分けが分かるように書き分けているのは流石だ。斎の過去は「天国の恋」より深く掘り下げられ、新しい設定が出てくる度に唐突さすら感じられた「天国の恋」と比較すれば自然に頭に入るように段階的に説明されている。「天国の恋」だと婦長が斎の歓迎会に乱入して大暴れするシーンで視聴者が知らされる設定が山ほど出てくるのだが、「ITSUKI 死神と呼ばれた女」は婦長が乱入する前から読者に説明されているというわけだ。

 

「天国の恋」から大きく改変されているのが志田と潮の関係で、「天国の恋」だとこの2人は初対面の他人だったのだが、「ITSUKI 死神と呼ばれた女」だと親友という事になっていた。志田が作ったという設定の劇中歌「天国に行きたい」は潮が作詞をしている。志田と潮親友同士なので1人の女(斎)を男2人で愛し合うという訳の分からない流れだった。志田は幼い頃に母親を失った喪失感を年上女の斎に求めているのは「天国の恋」で知っているのだが、潮がなぜ斎を好きになるのかは曖昧でよく分からなかった。潮は「ITSUKI 死神と呼ばれた女」だと若い女がちやほやされて当たり前だという態度の嫌悪感と、年上女に尽くしたいという奉仕の気持ちがあって斎が好きになったとの事だ。

 

東海の昼ドラで濡れ場・セックスの描写が削られるようになったのは「幸せの時間」がやりたい放題で放送倫理協会から注意を受けた件で有名だが、「天国の恋」でもそのしわ寄せが来ていた。これには脚本家として消化不良な部分があったのか「ITSUKI 死神と呼ばれた女」では官能小説かと思わんばかりの文章力でセックスシーンが何度も出てくる。斎・志田・潮の3Pのセックスシーンは凄まじく笑いを堪えられない。

 

「ITSUKI 死神と呼ばれた女」が「天国の恋」の内容と剥離してくるのは潮・梢の結婚式で志田が死んでからだ。「天国の恋」だと志田はケーキナイフが偶然にも腹(もしくは胸だったか?)に刺さって死んだが、「ITSUKI 死神と呼ばれた女」だと志田が梢の前で自分の頸動脈を掻っ切って死ぬ。この凶行は誰も理由が分からないという事で曖昧なまま終わった。潮が斎への崇高愛から妻の梢とセックスレスを貫き通した事で、梢が潮の父を誘惑し結果的に妊娠。そして潮の実家が崩壊寸前になった挙句に範子の恨みが回り回って斎にぶつけられ、範子が斎へ殺害計画を企てるというのが「天国の恋」のクライマックスシーンなのだが、ここで婦長が娘の命を守る為に斎の実家と潮の実家を奔走し結果的に死んでしまうというのが婦長の見せ場だった。「ITSUKI 死神と呼ばれた女」ではストーリーを単純にするためか婦長が奔走する事はなく斎を助けるのは潮1人に焦点が当てられるという形になり、婦長の影が薄い。Twitterの実況で大人気だった婦長が活躍しないのである。寂しいばかりだ。婦長が死ななくて良かったとも言えるが・・・

 

「天国の恋」の最終回では登場人物の多さに相応しい最終回で斎と潮が崇高愛という名の自己満足に浸りながら別れを告げると言った形でロマンチックとも言える終わり方だったのだが、「ITSUKI 死神と呼ばれた女」では斎と潮の関係はあっけなく終わり、斎と婦長が斎の弟の友也と志田が墓石に参る所で締めくくられる。他の相違点と言えば、梢は中絶して子供を産まないし、瑞彦は父から独立して医院を開かなかったので斎が瑞彦の元に身を寄せる事もない。美亜の親権の話はどうなった?戦場カメラマンで下半身に大けがを負った事でインポになったかついちさんは出てこない。

 

「天国の恋」自体が登場人物が多いテレビドラマだったのでそれを元に小説へ落とし込むというのはこれはこれで難しい問題だったと言える。「ITSUKI 死神と呼ばれた女」はテレビドラマありきの小説だと思うし、挿絵は簡素で人物の外見に対する描写が足りないと思うのでテレビドラマの役者の顔を思い浮かべないとイメージが難しい。テレビドラマを見てない人にはこの内容だと物足りないのは想像できるし、終盤の扱いが投げやりな人物が多い気がした。「天国の恋」で物足りない部分は「ITSUKI 死神と呼ばれた女」で補完し、「ITSUKI 死神と呼ばれた女」で足りない部分は「天国の恋」で補完する相互補完の形が丁度いい。とはいえ、フジテレビのオンデマンドサービスの「FOD」で「天国の恋」は配信されていない。「赤い糸の女」と「新・牡丹と薔薇」が配信されてる以上、ジャニーズ関連の権利問題が難しいのは素人考えでも分かるが、一刻も早く「天国の恋」が配信されるのを願うばかりだ。