おねショタを好きな理由

お姉さん属性が好きなだけでショタコンの気がないのにいつからそうなってしまったんだろうか。00年代中ごろにショタ(と女装男子)ブームが起こったがショタの魅力が分からず、男児向けアニメもそういう目で見ていなかった。その頃のエロ漫画で竿役がショタだと、姉弟ものかお姉さん1人に対してショタが集団で襲うような印象しかなくハマらなかった記憶がある。

 

それから時は経ってBSの深夜アニメを垂れ流しで見ていたが、お姉さんキャラが出る所ばかり気になって他のキャラはどうでもいいという偏った見方をしていた。気に入ったお姉さんキャラがいたら録画を再生してお姉さんキャラが出るシーンだけ繰り返し見ていた。その内に「お姉さんだけ見たければエロ漫画読んだ方が早くないか?」と思いつく。エロ漫画は00年代とは比べ物にならないほど画力の平均レベルが上がっていて、どの作家が特別上手いと言えないような幽遊白書の魔界のような業界になっていた。

 

お姉さんキャラと言えばロングヘアーの巨乳でツリ目、服はOL服かGパンに薄いTシャツみたいなイメージがあってそういうものが好きだったが、エロ漫画のヒロインのバリエーションが増えすぎていてそんな固定概念は古臭くなっていた。エロ漫画誌ひとつとってもどの作家も上手くてお姉さんの造形は魅力的に描かれているため、感覚が麻痺して何が好きなのか自分でもわからなくなりはじめる。

 

業界の平均レベルが上がりすぎてヒロインに差がつかなくなり「これが好き」と言えなくなると、今度はやたら竿役が気になるようになってしまった。前はエロ漫画でヒロインの裸しか見ていなかったが、竿役の裸や竿を気になりはじめるとヒロインに集中できなくなってくる。ゲイ漫画をひたすら読んでいた時期に原因がありそうだが・・・そうなると視界に入っても気にならない可愛い竿役の方が良く感じるようになる。ショタ単体が好きではないのでショタコンには入らないとは思うが、ヒロインと並べてもデザイン的に違和感がない可愛い竿役の方が良いという意味でショタに拘るようになってくると間接的なショタコンかもしれない。

 

それまでエロ漫画はおっぱいが見れればいいやぐらいのものにしか思っていなくて、絡みの構図に全く拘りがなかったが、竿役がショタという部分に目が行くとどういう風に絡みが描かれているかに拘りを持つようになった。普通の竿役だと読者の「抜き」に邪魔にならないように竿役がヒロインを邪魔しない構図で描かれているが、ショタの場合だとショタの表情・体が見えるように絡みを描く作家と、そうでない作家で個性が物凄く出るため、竿役がショタという基準で読むならちゃんと描かれている作家の方が印象に残る。エロ漫画はどの作家も上手くて特別どれが好きとは言えないと思っていたが、ちゃんと絡みを描いている漫画が好きという結論になった。

 

この5年ぐらいでエロ漫画のおねショタが急激に増えて一般向けの連載も珍しくなくなってきたが、俺のようにヒロインより男の方が気になりはじめてショタの方が良いと思う人が増えたのだろうか。